やけに寒くて目が覚めた。外要因に引き摺られる形の覚醒は、幾分無理やりで気分が悪い。
          うっすらと瞼を押し上げて窓のほうを見た。カーテンの隙間から見える窓枠に、うっすら白いものが積もっている。

          ああ、雪か。 道理で寒いわけだ。

          朝は得意じゃない。 ましてこの寒さでは、低血圧の体も、頭もうまく機能しない。
          幸い、任務の召集もかかっていない。
          睡魔に逆らえずふさがっていく瞼をそのままに、二度寝をきめこむことにした。






          …コツン。


          さきほど見上げた窓をふるわす小さな音を、はからずも研ぎ澄まされた聴覚が拾う。
          反射的に眉を寄せた。まどろみかけた意識がみるみる戻ってくる。
          氷の粒が当たったような、硬い音。
          冷え切った室内の空気と、眠るのを妨害する些細な音を遮断したくて、布団を深く被った。





          ……コッ、コツン。




          コン。 コツン、コココンッ。





          「………ぅるせえっ!!」


          聞きたくないのとは裏腹に過敏になった耳に、立て続けに小さな音が飛び込んできた。
          三度目のそれの来襲に、堪えきれずに勢いよく起き上がり、怒鳴りつける。
          ぬくもっていた肩や指が、しんと冷えていく。ほどけたまま、はらはらと落ちかかる髪を頭を振って背中に流し、大股で窓に歩み寄る。
          サッシの隙間から漏れる冷気に一瞬肩を竦めて、力任せにカーテンを引きあけ、窓を開け放った。






          「お。 おっはよ〜ユウ」



          思ったとおりのへらっとした顔が出迎える。
          窓に沿うように伸びた木の枝に器用に体をあずけているラビと目が合い、盛大なため息が漏れた。
          吐き出した息は白い靄になり、わずかな風に流されながら、朝の空気に溶ける。



          「うーわデッカイため息。幸せが逃げんだぞ、ただでさえ幸薄そうな顔なのに」

          「そんなこと知るか俺の勝手だ……お前、いつも言ってるが、朝っぱらから怒らすような真似すんな…頼むから」



          枝を掴んでいないほうの手でラビがかちかちと弄んでいるのは、親指の爪ほどサイズの氷のかけらだ。
          …氷の粒「のような」じゃなく、まさにそのものじゃねーか。
          そんなことまで正確に判断できた自分を褒めたい。

          言わずもがな目覚めは最悪だ。
          通常通りに行動できるまでには、あと最低一時間かかる。怒る気にもなれない。
          こればかりはどうしようもなく、ふらつく頭を苛々と窓枠にもたせかけ、抗議の言葉を吐く。


          「うーん、せっかくのユウの頼みだけどなあ」

          やーだよ、と間の抜けた声音で言い、ラビは笑った。
          こちらが諦めて折れざるを得ないタイミングで、やってきて、言ってくる。
          こいつは苦手だ。





          「……何の用だよ」


          呆れて脱力し、低く問う。
          こうなってはもう付き合うしかなかった。
          さっさと済ませてさっさと帰れ。




          「何って、雪だぜ、ユウ」



          今冬初めての雪! ユウんとこでは、ハツユキって言うんしょ?

          白い息を吐きながらまた笑う。
          こいつはなぜ、いちいち事あるごとに俺の名前を呼ぶんだろうか。
          そもそもファーストネームで呼ぶことを許可した覚えがない。




          「あー初雪だ。それがどうした」

          「ほらな、絶対ユウはドライな反応すると思った」

          「お前の推測なんか知るか」

          「まあまあ。そんなユウに、おれはちょっとしたプレゼントをもってきたんさ」




          ああ、うざったい。
          一度気になり出すととまらない。馴れ馴れしく人の名前連呼しやがって、何度目だ?

          苛々と考えていると、身を乗り出したラビが、突然目の前になにかを突き出してきた。

          驚いて、近すぎるそれを見極めようと頭を引く。
          楽しそうに目を細めたラビは、腕を俺の眼前から放し、その「なにか」を窓枠にひょいと乗せた。





          「…何だこれ」

          「見ろ見ろ、ハツユキで作ったスノーマン」

          「はぁ?作った?」

          「そ、おれがね。ユウここんとこ忙しそうだからさ。季節を感じさせてやろっかと思って」



          かわいいしょ?
          枝の上からにやにやと見上げてくる底知れない目に、今朝2度目の盛大なため息が口をついて出た。




          「……バカバカしい…」

          「でも和んだろ」





          無防備に笑っているラビを、しばらく見下ろした。
          いびつな笑顔のスノーマン。
          小さすぎ、手の熱で溶けかけていて、全体が斜めに傾いている。
          どうにも言葉がでてこない。



          「…怒ったんかよー、ユウー」



          額をおさえて俯いたまま無言でいると、沈黙に耐えかねたラビがおずおずと声をかけてきた。

          指のすきまから覗けたなさけない表情。






          「…おい」

          「へっ」

          「お前、かまくらって知ってるか」

          「へ? カマクラ?」

          「知らねェのか。調べてこい」

          「え、なん… 調べ… カマクラ??」

          「こんなもんより、そっちの方がよっぽど季節を感じるね。俺は」

          「は?ちょっと、ユウ…っ」

          「これ積もったら作れ。コムイが2人入るサイズのな。それ以下はアウト」




          飽きもせずに白い雪片を降らせる濁った空を顎で指し、何のことかわからず泡をくっているラビを尻目にさっさと窓を閉めた。
          小さなスノーマンは、落とさずに、窓枠の隅にそっと置く。





          部屋はじきに暖まる。
          ちっぽけな雪のかたまりは、夜を待たずに解けてしまうだろう。





          く、と喉で笑う。
          雪に濡れた指先をひらひらと振り、朝食はきつねそばに決まりだな、と思いながら、まずは着替えることにした。















ご… ごめんなさ…!!
なんでラビ神!というかこれ神ラビ…!?

「怒ったんかよー」と、「かまくらって知ってるか」というセリフを
言わせたかっただけです。
アレレこんな人神田ジャナイヨ!お母さんタスケテ!

ぐう。神田はどっちかとゆーと寒さに強そうです。顔立ちが。