いばらの海でさえ 歩こうときめた。
生まれたときからくっついていた、まっかな腕は生身とは感覚が異なった。
暑さも寒さもあまり効かない、丈夫、といえば聞こえはいいけど。
それをあなたは、つめたいだろう、と包んだ。
熱を分け合う作業なら、肌色のこの右手とすればいいのに。
憎まれ口は、思うだけで、声にはならない。
あなたはいつも僕の左側に立った。
奇異をおそれる人々の目から、護ってくれていた。
そうしてこの腕がすべてを奪った。
あの日の、あなたの温度だけでは飽き足らなかった。
外気と赤い左手にはさまれ、冷えてゆくあなたの右手に、右手を重ねた。
両手でつかまるふりをして、あなたを暖めようとした。
あなたは笑ったのです。
ようやくひとつ、手に入れたと思ったのに。
マナ。
あなたがくれるまで 出会ったこともなかったあの気持ちの名前を、
知ったのは、かけがえのない罪と引き換えでした。
うまく理解できずに、その言葉だけを
宝物のようにずっと抱いていました。
マナ。
僕には今、クロスという師がいます。
彼のもとで、何人もの、悲しみに強く在れなかったひとたちを見てきました。
そうだよ、僕のように、弱いひとたちを。
そうして知りました。
涙を流す躯。
悲劇に耐えられない心。
うしなう事。
この左手に、救えるものが、あるということ。
あなたの、言葉の意味さえ。
マナ。今なら言える。
やっとわかったんだ。
愛してる。
ごめんね。
愛してる。ありがとう。
あなたを失って、ながい時間が経って初めて、
あなたがくれた名前のとおり、歩いてゆけるよ。
だいじょうぶ。
やっとわかったんだ。
愛してるよ、マナ?
正しくなど無くても 無くても 無くても
茨の海さえ
マナは言葉少ななひとだといい。
言葉以外のすべてで、愛してることを伝えてきたひとだといい。
最期に言葉だけ。
最後の贈り物。
最後の宝物。
マナアレ。